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福岡高等裁判所 昭和33年(ラ)12号 決定

抗告人 村田セツコ 外四名 法定代理人 親権者 母 村田チヨコ 大森雪子

訴訟代理人 高木定義

主文

原審判を取り消す。

本件を福岡家庭裁判所田川支部に差し戻す。

理由

本件抗告理由の要旨は、原審判は申立人(抗告人)らの申立を却下する理由として、(イ)遺産分割の協議が成立していると認める、(ロ)その協議の無効を主張するには民事訴訟手続によるべきである、(ハ)よつて右無効が確定されない現在審判は妥当でない、と説示し、右理由の大前提は、既に遺産分割の協議が成立していると認定されたことにあるが、先に提出した抗告人らの本件遺産分割の調停申立書記載のとおり、なるほど一応は共同相続人の一人である村田ユキの威圧により、抗告人らの居住家屋の敷地のみを被相続人亡村田直平の遺産として贈与を受けることを承諾する旨の書面を作成せしめられたが(これも詐欺又は強迫に基く無効の意思表示である。)それは他の一切の財産を村田ユキが相続し、他の相続人には分割しないとのことであつたので、抗告人大森雪子を除くその余の抗告人ら五名の親権者たる村田チヨコは、その際後日もし他の相続人に分割することになるならば、抗告人らも相当の遺産の分割を求める旨を条件としていたもので、村田ユキらもこれを承諾していたのである。然るにその後に至り共同相続人である村田義直、村田一人、村田文子及び村田ユキらにおいて、それぞれ遺産を分割したことを発見したので、抗告人らは同人らに対し先になした分割協議の意思表示を取り消し、更に相当の遺産分割を求める旨を申し出でたが、同人らとの間に協議が調わなかつたので、本件審判の申立に及んだのである。従つて本件遺産分割については、未だ相続人間において協議が成立したものとはいえない。

仮に以上の主張が理由なく、既に協議が成立し単にその争が該協議の有効か無効かにかかるものとしても、家庭裁判所は、家事審判法の法意に則り、これを十分に審理判断し以て相当の審判をなすべきである。かかる審判が遺産分割の協議の有効か無効かを終局的に確定するものとはいい難いとの疑問は存するけれども、それは別個の分野における領域に属し、右審判によつて当事者に対し一応の安定性を与えるものであり、これに服し難い相当の理由があれば民事訴訟手続によつて救済を受けられるのである。

以上の次第により抗告人らの本件遺産分割の申立を却下した原審判は不当であるから、これを取り消し更に相当の遺産分割の審判を求めるため本件抗告に及んだというにある。

よつて記録についてみるに、昭和三一年一二月二日福岡県田川郡大任村大字大行事三〇五番地、村田直平の死亡により、その配偶者村田ユキ、長女大森雪子、二女笹山春子、二男亡村田半の子村田セツコ、村田タマエ、村田直治、村田徳次、村田半治、三女村田文子、三男村田義直、四女吉元ミサ子、六男村田一人、五女川上ミサヨ及び六女村田ヒサヨ以上一四名のため相続が開始したところ、共同相続人である右村田セツコ、村田タマエ、村田直治、村田徳次、村田半治(以上五名法定代理人親権者母村田チヨコ)、大森雪子及び川上ミサヨの七名は、他の共同相続人村田ユキ外六名を相手方として昭和三二年八月一七日福岡家庭裁判所田川支部に対し、遺産分割の調停申立をなし、(同支部昭和三二年(家イ)第四〇号)同支部は、三回に亘り調停期日を開き調停委員会において調停の成立に努めたけれども、前記村田ユキ外六名の相手方らは、本件遺産分割については既に共同相続人間に分割契約(協議)が成立しているから、右申立人らの調停申立は不当である旨主張し、これに対し申立人らは、本件遺産分割の協議につき各共同相続人間の合意は存しない、仮に形式上協議が成立したとしても、該協議は各相続人の取得分がその相続分に比し著しく不均衡であること及び共同相続人全員が相続財産全部につき異議なくその取得分を決定したものでないこと等の理由により当然無効であり、且右遺産分割の協議に関する申立人らの意思表示は、相手方村田ユキらの詐欺又は強迫によるものであるからこれを取り消す旨主張して、双方相譲らず右調停は不調に終つたので、同支部は家事審判法第二六条第一項の規定により、昭和三二年一〇月一八日右調停申立事件を同支部の審判手続に付し(昭和三二年(家)第三四〇号)抗告人ら主張の如き理由により、本件遺産分割の申立を却下する旨の審判をなしたことを認めることができる。

よつて按ずるに、民法第九〇七条の規定によれば、共同相続人がその協議で遺産の分割をすることができる場合において、家庭裁判所に遺産分割の申立をなし得るのは共同相続人間に協議が調わないとき又は協議をすることができないときに限られるのであるから、右協議の不調又は不能ということが、遺産分割の申立の前提要件をなすものというべきであつて、右要件を欠くときは、遺産分割の申立につき本案的審判をなすことはできないといわなければならない。今本件についてみるに、遺産分割の申立人である抗告人らは、遺産分割の協議の不成立乃至その無効又は取消原因ある旨を主張し、これに対し相手方である前記村田ユキ外六名は、遺産分割の協議が有効に成立している旨抗争し、調停においてその争が解決せずして調停不調に終つたことが前記認定の如くであるから、本件審判の申立はその前提要件たる遺産分割の協議の成否乃至その無効又は取消原因の存否につき当事者間に争が存するものというべく、従つて本件申立の本案的審判をなすに当つては、まず先決問題としてこの点に関する紛争が解決されなければならない。そこで遺産分割の審判手続(家事審判法第九条第一項乙類)による審判において、前記の如く本案的審判の前提となるべき法律上の争につきいかなる措置を採るべきかについて考える。もし分割の協議が成立しており右協議に取消又は無効の原因がない限り遺産に属する権利の帰属が確定するのであるから、この種紛争は私法法規を前提し争ある事実を確定しこれに法規を適用して既存の権利の存否範囲を確定するいわゆる訴訟事件であることは論を俟たない。ところが遺産分割の審判手続は相当と認める者の傍聴を許すとはいえ非公開で行われ、対立当事者主義を採らず、職権審理主義を採用し、審判の範囲も必らずしも申立に拘束されることなくその他手続全般に亘つて簡易迅速が主眼とされていて、民事訴訟手続と著しく異る。その審判事件は国家が端的に私人間の生活関係に干渉し後見的作用を目的とするいわゆる非訟事件で、その審判は当事者間に権利義務を創設し且つ執行力を有する。そこで審判の前提として訴訟事件に属する法律関係が争われた場合、かような効果をもつ審判は右法律関係にいかなる影響を及ぼすかについての見解が一致しないことと関連してこの問題処理につき採るべき措置として次の四説が考えられる。第一は、かかる問題は元来民事訴訟の対象であつて審判の対象となりえないから、審判の申立は審判の基礎を欠ぐものとして却下すべきである。第二は、申立は一応維持しておいて、前提問題に対する民事訴訟による解決を俟つて審判すべく、それまで審判手続を中止すべきである。第三は、前提問題が争う者の全くの云いがかりでその理由のないこと明らかな場合はその認定に従つて棄却ないし分割の審判をなすべきである(明らかでない場合は前記第一か第二のいずれかによる)。その四は、審判として前提問題についても審理判断をなしうるものであり、審判手続として申立却下ないし分割の最終的、実体的審判を目標として進行し終結すべきである。

当裁判所は第四説を採る。その理由は次のとおりである。

一  (イ) 審判手続において訴訟事件に属する法律問題が審判の前提として争われた場合、審判の申立を却下すべしとか審判を中止すべしとかの規定は、家事審判法同規則非訟事件手続法その他の法令についてみるも何等発見できないから、いかなる措置をとるべきかは家事審判法の精神に基きこれに関連ある法令の趣旨を合理的に解釈して決定する外はない。ところで、いわゆる訴訟事件はすべて民事訴訟法(ないし人事訴訟法)によつてのみ判断すべきであつて審判ないし非訟事件手続では一切判断してはならないとの法理は存しない。審判手続がかような判断をなしえない構造をとつておれば格別家事審判法並びに同法によつて準用される非訟事件手続法第一編の規定によれば、当事者の申立、陳述、期日及び証拠調等については民事訴訟法の規定が準用されているから、本件の如き訴訟事件的前提問題についてはこれらの規定を活用して充分当事者の主張を聴取し証拠調を施行して前提問題の当否を判断しうる手続構造をなしている。したがつて審判はかような手続によつて前提問題を判断しその結果に基き分割の申立を却下するなり分割の審判をなすかを決定すべきものと考える。

(ロ) のみならず、審判の対象は家庭に関する紛争ないし問題であつて、個人間の権利義務の判定に止まらず夫婦親子ないし親族間の継続的血縁的共同生活関係の調整であるから、かかる事件の特殊性に鑑み、以上の手続の外に更に本人出頭の原則、職権による証拠調、家庭裁判所調査官による事実の調査、報告の徴取等をなしうることとし、訴訟事件が必要的当事者対審の方式に拘束されてともすれば事件の真相と適正迅速な解決に遠ざかるおそれあるを防止し、国家が民法その他の法律の理想を実現するため家庭生活に対する後見的干渉、指導を達成するにふさわしい手続を構成している。したがつて前記第一ないし第三の説は訴訟事件たる性質を有する前提問題については審判において一切ふれないとの誤つた見解に基くものであつて、家事審判法の所期する目的に合致しないものというべきである。

元来審判は非訟事件の裁判と同じく当事者間の権利義務の確定のみを終局的目的とするものではなく、国家の後見的作用を達成する手段であるが、終局的には一定の法律関係の創設を目的とし、その過程においてはさまざまの事実認定それに伴う法律関係の判断を経るものであつて、かような判断それ自体を終局的目標としないというだけにすぎない。

二  次に、ことを実際的に考えてみる。この種前提問題について第一、第二説を採るにおいては、分割審判の結果現状の変更により不利益を被るおそれある相手方(例えば相続財産を占有する相続人)はいつでもさような前提問題(例えば本件の如き協議の存在、遺産の範囲、相続人の適格)を争うことによつて審判を拒否しうることになり、かくしてことの解決はともすれば遅延し多大の費用を要し、且つ公開の法廷で骨肉相争う醜状を呈する訴訟に俟たざるを得ないこととなる。しかも訴訟の結果分割の協議が成立していなかつた旨の判決が確定すれば、審判手続において更に申立人相手方双方の事情を聴取し証拠調をすることになろう。かような二重の手間を必らずふまねばならぬとする必要があろうか。審判手続において当事者双方の主張弁解を充分聴取したならば、審判の結果如何によつて更に民事訴訟の提起される確率は少いであろうことに鑑み(本案化した仮処分事件の判決確定後更に民事訴訟の提起されることの少い事例を想起する)、むしろ、審判手続において前提問題判断のために民事訴訟法の諸規定を可及的に準用して当事者双方の主張弁解を充分に参酌し、その得たる心証に基き協議存在を認定して申立を却下するなり、或は協議不存在を理由に分割の審判をするのが最も実際に適した措置というべきである。第三説は、叙上の審判阻止の手段を封じうる見解ではあるが、その主張するような「一見して主張の理由なきこと明白な場合」としからざる場合との区別はしかく容易ではなく、且つ、かかる区別をたてる理論的根拠にも乏しいから採ることができない。

三  当裁判所の採る見解に対し予想せられる二、三の批判について補足的説明を簡単に附加しておこう。

(イ)  訴訟事件たるべき前提問題に関する審判に既判力があるかどうかは問題であるが、(罹災都市借地借家臨時処理法第一五条の裁判につき――これには同法第二五条により裁判上の和解と同一の効力を認めており、審判には単に執行力を与えたのみで右のような規定がないから両者を全く同一に解することは妥当でないにせよ――昭和二四年(オ)第一八二号昭和三三年三月五日最高裁判決参照)、これが帰結いかんは叙上の見解を左右するものとは考えない。ただ、審判に既判力がないことを前提とし、この種前提問題について審理するのは徒労であるとか権利関係の錯綜紛糾を来すとかの見解は、その理由のないこと現行法の認める任意競売の手続をみることによつて明らかである。すなわち、抵当権実行の申立による不動産競売事件では抵当権不存在を理由に競売手続開始決定に対する異議の申立ができるとされているが、右異議事由は訴訟事件であること明らかなところ、執行過程でこれを判断しても既判力がないから、或はこれを判決で確定しないで競売が終了すれば権利関係が紛糾することを理由に、執行裁判所はかかる場合異議事由たる訴訟事件の判決確定まで競売手続を中止すべきであるとか競売申立を却下すべしとはされていない。任意競売は抵当権存在の疎明をもつて開始されるものであるから、開始決定をなすにはその疎明の有無を判断すべきこというまでもないが、その疎明あつて手続進行中異議の申立によつてその不存在の主張があれば、執行裁判所は必要な証拠調場合によつては口頭弁論を開く等の措置をとつてこれに対する判断をなし、手続を進行すべきか競売申立を却下すべきかを決定せねばならない。これ競売法が抵当権実行について採る手続構造であつて審判もこれと同様に解すべきものと考える。

(ロ)  前提問題について訴の提起があり他方審判の申立があつた場合いかに処置すべきか。訴訟と調停とが平行する場合については民事調停規則第五条家事審判法第一三〇条に規定があり、任意競売における開始決定と訴訟とが平行する場合については民事訴訟法第五四四条第五二二条第二項又は第五四五条第五四七条の仮の処分の準用措置がとられる余地があるが、本問の場合依るべき規定を見ない。ところで実際において当事者の一方が前提問題について訴を提起し他の一方が審判の申立をすることは殆んどあるまい。万一、二つの事件が同時に係属したとしても、当事者が同時にそれぞれの事件を平行して進行させる意図を表示することはあるまい。必らずやいずれか一方の手続によつて問題の解決をはかるべく協定するのが通常であり、右協定にしたがい裁判所もその手続を進行させるか事実上中止するかの措置を採ることになろう。しからざるときはむしろ審判を中止し訴訟手続を進捗する訴訟指揮に出づるのを相当と解する。

(ハ)  審判手続においてこの種前提問題を判断すべきこととなると審判制度の機能を充分発揮できなくなるという「審判の訴訟事件化」の懸念がある。審判制度の目的からいえば、かかる前提問題について争のない事件について審判することをねらいとしていることは首肯できるし、また実際においてさような事件が多いであろう。しかしそれは飽くまで「主たる」ねらいであつて、絶対的法律的拘束でないこと前叙のとおりである。否却つて、家庭事件の特殊性に鑑み、事件の種類による手続の特殊化ともいうべき理念に導かれて、家庭事件である限りたとえ前提問題について争があつてもこれにつき訴訟手続によるよりもむしろ冒頭説明の特色をもつ審判手続によつて処理解決するを適当としたものと解せられる。そのために審判事件の処理に繁忙を来すとしても審判制度の目的に反するものと云うことはできまい。これ、仮処分の本案化の問題に類するものである。

以上の見解にたつて原審判を検討するに、原審判は抗告人等と相手方等間には遺産分割は一応「協議によつて終了した」と認定しているが、右認定は一応の認定に止まるばかりでなく、「申立人等がその(協議の)無効を主張するには民事訴訟手続によるのが相当であるし、当裁判所としては終局的に本件協議上の遺産分割の無効が確定されない限りは遺産分割の審判をしないのが相当である」としている。右判断は、抗告人等が極力主張する協議の取消無効原因について何等審理することなく、抗告人等が右原因について証人申請をしているに拘らずこれを採用せず、且つ、職権をもつて調査することもなく事件を終結しているものであつて、法の解釈を誤まり審理を尽さない違法がある。原審はすべからく右原因について証拠調を行い、もし協議が成立していてこれに取消無効の事由がないと判断すれば申立を却下すべく、適法有効な協議の不存在を認定すれば分割の審判をなすべきである。よつて本件抗告は理由があるから家事審判規則第一九条第一項により原審判を取消し原審に差し戻すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 中園原一 裁判官 中村平四郎 裁判官 亀川清)

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